横綱・稀勢の里、それでも引退するしかないのか?

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みなさん、こんにちは。

市民マラソンランナーのアキラです。

今日まで連休という方が多いかと思いますが、いかがお過ごしでしょうか。

早速ですが、昨日は京都で「全国都道府県対抗女子駅伝」が行われましたね。

全国47都道府県の中学生から社会人までの代表選手9選手が、9区間・42.195kmを走り抜ける駅伝競走です。

結果は、愛知と京都が9区でアンカー勝負となりましたが、愛知のアンカー・鈴木亜由子選手が途中で引き離し、3年ぶり2度目の優勝を飾りました。

ちなみに鈴木選手は、昨年の「北海道マラソン」で優勝し、今年9月15日に実施される2020年東京五輪マラソン代表選考レース「マラソングランドチャンピオンシップ(MGC)」の出場権を持っています。(⇒MGCについては過去記事に詳しく記載しています。)

天理大学、優勝ならず

それからですねえ、今日は一つ、私にとって残念なお知らせもあります。

そうです、12日(土)に行われた大学ラグビーの決勝、明治VS天理の結果です。

ご存知の通り、明治大学が22対17で天理大学を下し、22大会ぶり13回目の優勝を飾りました。

天理が得意としていたディフェンスを上回るディフェンス力で見事に天理の攻撃を防ぎましたね。

点数でいうとわずか1トライ差でした(注:ラグビーの得点は、トライ5点、コンバージョンゴール【トライ後に与えられるゴールキック】2点、ペナルティゴール【相手のペナルティで与えられるゴールキック】3点)。

それだけに、今回もあと一歩だったのにという悔しさが残っています。

ちなみに天理が2011年度大会の決勝で帝京と戦った時も、15対12という僅差で負けました。

なかなか簡単には優勝させてくれませんが、しかし、間違いなく実力は拮抗してきているので、また来年度に向けて頑張ってほしいと思います。

大相撲初場所が始まりました

さて、そんな「駅伝」や「ラグビー」のほかに、昨日から「大相撲初場所」が始まりました。

何といっても注目は、今場所に進退がかかっている横綱・稀勢の里(32歳・田子ノ浦部屋)ですね。

残念ながら初日は、小結・御嶽海(みたけうみ)に「押し出し」で敗れ、黒星スタートとなりました。

すでに稀勢の里の横綱在位期間は12場所目になりますが、これまで9場所で休場しています。

今場所で“それなりの”結果が出せないと「引退」ということになるのでしょうか。

「横綱」を続けるか「引退」か・・・という二つの道しか許されていないという、本当に厳しい世界ですね。

ところで、ここで私は一つ疑問に思うことがあるのです。

なぜ「横綱」は、成績が残せないと「引退」という道しかないのでしょうか?

「大関」以下の力士なら、成績(戦績)が悪いと番付が下がります。

それは当然としても、相撲は続けられますよね。

例えば「大関」でいうと、2場所連続で負け越すと大関陥落となります。

ただし、特例として次の場所で10勝以上すると「大関」に返り咲くことができます。

仮に大関返り咲きがならなくとも、さらに下位の番付で続けることは可能です。

あるいは他の多くの(ほとんどの)スポーツでも、最高位(チャンピオンなど)から陥落しても、それがそのまま「引退」ということはほとんどないように思います。

例えばボクシングでも、チャンピオンが挑戦者に敗れることが当然ありますが、だからと言ってすぐに引退しないといけないということはありません。

現に、一度チャンピオンの座を奪われてから再度チャンピオンに返り咲いた例は国内・海外問わずいくつもあります。

国内だと、2016年に世界ボクシング評議会(WBC)スーパーバンタム級のチャンピオンに返り咲き、三階級制覇を成し遂げた長谷川穂積さんなどがそうですね。

でも、大相撲の世界では、それが認められていないようです。

そこがどうも腑に落ちないというか、理解できないというか・・・。

ある程度の期間、横綱として土俵に上がり、十分にファンを楽しませ、横綱らしい取り組みを見せてもらった末に、体力の限界ということで引退というなら納得がいきます。

しかし稀勢の里の場合、横綱になってからほとんど横綱らしい取り組みを見せてもらっていませんし、そもそもほとんど土俵にも上がっていません。

それなのに、場合によっては今場所限りで引退ということがあるのだとすれば、19年ぶりの日本出身横綱として期待されていただけに、本当にさみしい限りです。

横綱降格制度に関する議論

そもそもなぜ、この「横綱」⇒「不振」⇒「引退」というルールが設けられているのでしょうか。

そして、そのルールの見直しがこれまで議論されたことはないのでしょうか。

その点について、「時事ドットコム(https://www.jiji.com/)」の「若林哲治の土俵百景」というコラムには、かつて1950年頃、実際に横綱の降格制度が議論され、実現寸前までに至ったにも関わらず実現しなかった経緯が詳しく記述されています。

興味のある方はどうぞご覧ください。

ちなみに同コラムによると、この時は好角家(相撲通)や世間から「横綱の権威が薄れる」などの反対意見が噴出して断念したそうです。

また「フリー百科事典ウィキペディア(日本語版)」【https://ja.wikipedia.org/wiki/横綱#横綱制度】には、以下の通り書かれています(2019年1月13日現在)。

ーーー横綱降格制度の是非は、その地位を陥落することがないことを特権と見るかどうかによって、正反対の視点から論じられる。つまり、どれだけ負けても休んでもその地位を保障されるのは、近代スポーツとしては余りに不合理であるという点からの主張と、その地位を降りることが出来ないために若くして引退に追い込まれる横綱もあり、大関への降格やその位置から再起する選択肢も与えるべきではないかという点からの主張である。ーーーとのことです。

稀勢の里の場合、横綱昇進当初からのケガをずっと引きずったまま、思うように場所を勤めることができていないのが現状です。

だとすると、上記論点の二つ目、すなわち横綱の地位を降りることができずに若くして引退に追い込まれるという指摘がまさに当てはまるように思うのです。

いずれにせよ、まだ始まったばかりでこんな心配をするのは早計かもしれませんが、現行制度が運用されている以上、このまま結果を残せず、今場所限りで「引退」ということになると、本当に残念です。

そう考えると、横綱の降格制度が改めて議論されてもいいのではないかと思うのです。

皆さんはどのようにお考えでしょうか。

初日は負けてしまいましたが、稀勢の里にはぜひとも今場所、“土俵際”で踏みとどまってほしいものです。

【2019.01.16追記:稀勢の里星取表】※毎日更新します。

日目 対戦相手 番付 結果 決まり手
御嶽海(みたけうみ) 小結 押し出し
逸ノ城(いちのじょう) 前頭筆頭 はたき込み
栃煌山(とちおうざん) 前頭筆頭 寄り切り
錦木(にしきぎ) 前頭2 不戦敗

2019.01.16追記
ご存知の通り、そして残念ながら、稀勢の里関は本日引退しました。
「ごくろうさまでした」というねぎらいの言葉が素直に出てきません。
ケガをきっちり治しさえすれば、まだ頑張れたのではないかという無念さが強く残っています。
もっといっぱい相撲を取って、もっといっぱい感動させてほしかったです。
「横綱」の制度について、改めて議論されることを願ってやみません。

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